やさしくないこども

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試合開始:11

ザリ、ザリと、砂利道を踏み締める音が辺りに響いた。どんなに抜き足をしようと、差し足をしようと、忍び足をしようと、無駄なものは無駄なのだと蔑まんばかりに砂利道は容赦なくザリザリと笑い声を上げる。それでなくともただでさえ気が張っているというのに、担ぎ上げたデイパックからは砂利道に便乗するかのように実に幾つもの物質がひしめく音が溢れ出し、里田君伸(男子6番)の苛立つ感情は次第に増幅していった。
 この戦闘シュミレイションとやらのルールなど、嫌と言うほどよくわかっている。中学三年生になれば全国各地から自動的に五十クラス選出されるのだ、その詳細は公表されていないといえども、巻き込まれた家族やら反政府組織やらメディアやら――人間の口はどうやら閉じることは不可能らしい。この長い年月の間に徐々に徐々にその詳細が市民に浸透していったのも無理はない。現に今日のニュースでは、どこだかのクラスで行われたプログラムでは銃殺何名だの刺殺何名だのと、堂々と詳細の一部をさらけ出している。
 しかし、だ。嫌と言うほどよくわかっているからと言って、はいそうですかと言えるほど自分は素直なガキンチョではない。どちらかと言えばひねくれた部類に入るだろう。偉そうに未成年を操ろうと計略している教師やら政府の役人やらお偉いサマやらに、素直に従えと?冗談じゃない全く。
 そんな考えが表情から漏れていたのか、或いは長年の付き合いによる思考回路の共有だろうか、直ぐ隣からさも呆れると言わんばかりの盛大なため息が耳に飛び込んできた。
「……そんなぷりぷりしてたら、頭はげちゃうんだからね」
 頭ひとつ分は悠に下回っているであろう城田水穂(女子6番)が、弱々しく笑みを湛えながら、君伸の現在の有り様を茶化しだした。彼女とは出発順が前後していたこともあり、難なく合流することが出来た。幼少時から互いを知っているということと、加えて当時から今の今まで仲も良かったということも相まって、水穂を待つという行為は至極自然な流れとなっていた。それはどうやら彼女も同じことを考えていたようで、正面玄関の扉口に堂々と座り込んでいた君伸を見つけるや否や、言ったものだった。
「何座ってんの、馬鹿!死ぬよ!こんなとこで二人してご臨終したらどうすんの!ほれ、立った立った!」
 急かすようにして腕を掴まれ引きずられたこともあり思わず目を見開いたが、自分の待ち人が彼女であったということを彼女も気付いてくれたこと、また、彼女も自分の手を取ってくれたことに一時の安堵感を見出せたのはこのプログラムという戦場の中では不幸中の幸いであろう。
 彼女を待たずして誰を待とうか。
 普段の彼女を穴があくほどに見つめていたからこそよくわかる力が入りきらない笑みは、彼女を儚げに映し出した。安原伸行(男子14番)乃木由依子(女子11番)が絶命する瞬間を間近で見て未だ時間があまり経っていないのだ、無理もないかもしれない。俺ははげねぇよと口にすれば、この極僅かな対話の中で、ほんの僅かに落ち着きを取り戻したのが自分自身でも把握できた。大丈夫だ、まだ何も始まっていない。

「……待っててくれてありがとね。選ばれるも何も、実際のところ自分たちに関係ないと思ってたから、プログラム、……合流出来て良かった、ありがと、ほんと」
 分校の玄関口にて浮かべたその表情と同様に、普段の彼女とは異なり声に張りがなく感じたのは気のせいではないだろう。この短時間の間で疲労困憊しているのはその姿を見るに明らかだった。そんな弱り切った彼女の傍にいても、語彙力の乏しい自分からは、労う言葉のひとつを掛けることすらままならない。加えて身勝手ながらに砂利道やデイパックに対して腹を立てている始末だ。己の器の小ささに内心萎れながらも、やってしまったからには仕方がないと、改めて前へ向き直した。
「あー、うん、まあな。長年の付き合いだしよ、信頼出来るっつったらお前だべ、まず。当たり前だろ。だから、お礼とかいらね。こっ恥ずかしい」
 ポリ、と鼻頭を掻いた。級友の頭が破裂した姿を目撃したばかりだと言うのに、人間は現金なものである。自分自身が窮地に陥らなければ、所詮他人事なのだろうか。と言っても、もはや既に窮地に立たされていることなど目に見えて明らかになってはいるのだが、とにかく。そうして、続けた「まあよ、」
「どっか……民家?とか、まあそこらに一旦行ってみるべ。とりあえず状況把握しようや。落ち着いて、誰かと合流するべ。――こっから、逃げ出したいしよ。そこらへん考えてえ、俺」
 真摯な態度で彼女へと向かう。君伸の思うところは言葉通りであったし、このような状況下からなど一刻も立ち去りたいのは彼女も同じであろうと、そう見越しての言葉だった。
 ふと、隣りを歩む水穂の姿が視界から消えた。振り向けば、彼女は佇んでいた。目を凝らさなくても一目でわかった、その顔からは笑みが消えていた。弱々しくも、それでも浮かばせていたあの笑みが。
 どうしたのかと、訊ねる間もなく彼女の口が開く。
 飛び出したのは、君伸にとって思いもしない言葉の羅列。息を呑むことすら許されない、そんな。
「あんた馬鹿でしょ。阿呆でしょ。何もちゃんと考えてないっしょ。でなかったら何、ただの不良ぶったいきがったガキでしょ。ほーら見ろ、否定出来ないべ。この阿呆たれ」
 息継ぎもせず捲し立てるように君伸へと罵声を浴びせれば、吐き出すことによって落ち着きを取り戻したのか、少なからず先ほどよりかは彼女が己自身を持ち直した姿が見て取れた。否定も何も、これまでに彼女からおふざけの延長で罵られたことは多々あったが――生まれてこのかた、このような真剣な面持ちで一喝されたことなどあったろうか?いや、ない筈だ。彼女はいつも、笑っていた。
 ほんの些細な、そう、些細な言葉を言ったに過ぎない筈だった。突如として訪れた思いがけない展開により、否定の言葉を述べることはおろか彼女の言葉をくつがえすという行動すら、君伸の意識にのぼることはなかった。あれ、俺いま、何言われてんの?
 動揺の色が隠せない君伸とは対称的な水穂の真っ直ぐな視線が、彼の瞳を容赦なく貫いていた。
「――おま、」
「あたしはさあ」
 しぼり出すようにしてようやく紡いだ言葉は、ためらいなく被せてきた彼女の声によって掻き消された。
「……あたしは。もし神様がいるんだったら、あんたと同じ考えだよ。みんなして、こんなところから帰りたいよ。――でも、だったら、今までにあたしたちみたいにこれやってきた人達みんな、帰ってきてるでしょ?そうでしょ?だから、」
 少女の小振りな瞳から大粒の涙がひとつ、ぽろりと落ちた。「不可能なの。あんたの言ってることは、超無理なの」最後の一言を消え入るように呟き、水穂はそこで一息ついた。開いた口はそのままに目を泳がせており、まだ何か続けたい言葉があるのだろうかと、君伸は押し黙る。このまま立ち止まったままでいれば、二分と間隔を空けたインターバル毎に飛び出してきた生徒の誰かに見つかる可能性があるだろう。危険性を考えれば早く前方に見える住宅街らしき場所へと向かうのが優先であろうが、しかし――
 急かす素振りも何も見せず、彼はただひたすらに、少女の唇から再び言葉が紡ぎだされるのを待っていた。

殺した。死んだ、あいつ死んだ。説明書読むの超面倒くせーとか思ってたけど、その通りにやったら、あいつ死んだ。うっそ、まじで。殺したの?俺が殺したの?
 ――やりぃ。
 身体の芯が熱くなるのを実感しながら、生え揃う―と言っても雑草に過ぎないそれらは、それが当たり前と言わんばかりに雑然としていたのではあったが―草花を踏み荒らしつつ、彼はがむしゃらに前へ前へとひたすら足を動かした。
 目を瞑り闇に照らし合わせずとも、先ほどの光景が目の前の景色と溶け合うように映し出される。それに伴い心拍数は急激に上昇し始め、多少の息苦しさが伴ったのだが、現在の彼にとってそのようなことなどほんのわずかな障害物程度に過ぎなかった。

顔がほころんだことに気付かぬまま、実践使用したばかりの己の支給武器であるトカレフTT-33を眺めれば、無意識のうちに滲みだした興奮が顔に深く刻み込まれていった。覚めやらぬ、たぎり立つこの思いを何と呼べばいいのだろうか。
 ――知るか!そんなの知らなくても、俺には何も関係ねえ!
 高揚感を全身に駆け巡らせながら、彼は闇雲に木々の間を縫うようにして突き進む。地図上でいうところのF-3エリア、森林地帯に差し掛かっていたのだが、後者を把握できたところで彼は前者を把握することはなかった。地図は背負っているデイパックの中に埋もれているし(デイパックを開けた当初、確認したのは支給武器のみだったので、恐らく。オッケーオッケー別にオッケー。だって頭悪いし地図とかどう見りゃいいのかさっぱりだし)、何より――浮足立ちながらここまで辿り着いたのだ。意図的ではなく偶然辿り着いたのがこのエリア、ともすれば――目的地も何もない。
 幾度目だろうか、前方に向けていた視線を手元へと戻す。トカレフTT-33。長谷部恭子(女子12番)の命をいともあっさりと奪った銃は、今は大人しく自身の手元で健やかに眠っている。今度は意図的に唇で弧を描きながら、沼沢次郎(ぬまさわ・じろう/男子10番)は目を細め、ニンマリと笑みを浮かべた。

【試合開始終了 : 残り 三十一人】