幸せだらけ

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試合開始:02

午前八時五十一分。先生の来る気配が全く感じられず、今も未だHRが始まらない。 教卓の主がいない花笠中学三年A組の教室内は、今もなお騒がしい。 他のクラスはきっとHRを始めたところが少なからずあるだろうし、迷惑になってないかな、という考えがふと頭の中を過ぎった。
 しかしそう考えていたのは恐らく自分だけらしく、まるで他クラスのことなど気にもせずに、相変わらずクラスメート達は自由気ままに遊びまわっていた。 この光景を見ていると、何だかこんなに真面目に考えていた自分がバカのように思えてくるものだ。
 机の中に入れてあった袋から飴玉を一粒取り出し、彼女はそれを口の中に放り込んだ。

「おはー。あらちょっと、何自分だけいいもの食べてるのさー」
 みっかにも分けてよ、と言いながら悠々と自分の前の座席に座り、外はねの細い三つ編み、 横に流した前髪に大きなスマイリーのピンを留め、透き通るほどに白い色をした肌を持つ少女が手を目の前に差し出してきた。 顔には思わず笑ってしまうくらい爽やかな笑みを浮かべている。 あぁ、こんな笑顔されるからいつも甘やかしちゃうんだよな。溜め息を吐きながら再度机の中へと手を入れる。
「何味がいい?」
 本当は答えを聞くまでもなくわかっているのだけれど、念のため。 彼女のことだから、きっとああ言うに違いない。 期待通り、やはり彼女は予想通りの答えを思っていたそのままに叫んでくれた。
「みっかねーりんご!りんご味!」
 はいはい、と今度は嬉しさ混じりの溜め息を吐き、小泉真希(こいずみ・まき/女子4番)はりんごの写真プリントが入った包みを井田満花(いだ・みつか/女子1番)の手の平の上にポトン、と落とした。 「ありがとー」と心底喜ぶかのようにお礼を言い、すぐさま彼女は包みを開く。 りんご味の飴玉を舌の上で転がしながら「あはは、さらさらー」と真希のほんのり茶色く、肩まで伸ばされた髪を弄りながら満花が立ち上がった。 そのまま彼女は真希に後ろを向くよう指示をし、おもむろにスカートのポケットからクシを取り出す。そして、無邪気に叫んだ。
「あはは、美容師さんごっこー!」
「みっか……『ごっこ』って小学生じゃないんだしさー……」
「はい、お客は黙ってる!」
 さらさら、さらさらと滑らかに髪にクシを通す。 こうなってしまったら彼女はもう、言うことを聞かない。 前髪だけは下ろさないよう忠告をし、真希はぼんやりと彼女の特徴ともいえる真ん中分けでおでこを全開に出した前髪を横に流した。
 廊下側二列目一番前の席に座っている上に後ろを向かされている。 この位置からは教室中全てが見渡せた。満花が自分の髪の毛いじりに夢中になっている間、きっと自分は暇になるだろう。 …人間観察でもしようかなぁ。真希は頭を動かさないよう、視線だけを動かした。
「あはは、真希ちゃんとみっかちゃん、楽しそうなことやってるね」
「うわぁ……ちょっと真希、あんたの髪の毛超すごいことになってるよ」
 真希のすぐ横を通りかかった五月若菜(さつき・わかな/女子5番)藤田千代(ふじた・ちよ/女子13番)がその場でピタリ、と足を止めた。 若菜は彼女がかけている水色のフレームをした眼鏡の奥でにこやかに笑いながら「懐かしいね、美容師さんごっこ?」と呟いた。 そんなことを言うものだから満花が尚更調子にのり、「そう!さすが若菜ちゃん、話がわかりますなぁ」と真希の髪をいじる手を一旦止め、若菜にVサインを送った。 千代はというと、ご愁傷様、とでも言いたげに彼女のその同年代の女子とは比べ大人びた顔に苦笑いを浮かべ、自分の頭を指差しながら小声で言った。
「真希……本当すっごい三つ編みになってるよ、それ。今時の女子高生さんの言葉で言ったらいわゆるあれだ、“チョベリバ”……」
「……まじで?」
「うん、まじまじ。淳の髪より超やばい」
 それは重症だ。自分としては格好つけているつもりなのだが――ある意味で学年で有名にさえなっているあの進藤淳(しんどう・じゅん/男子7番)の爆発頭よりもやばいとは。
 一体どれ程の髪型になっているのか、真希には見当さえつかなかった。 彼女が出来るのはただただ、祈るのみ。 一瞬チラリと想像図が頭の中をよぎったがそれは余りにも恐ろしい光景だったので、すぐさま空想を消し去る。 想像以上のものになっていないといいなぁと、また溜め息が漏れた。

まあ、頑張ってねー。ひらひらと手を振りながら、千代と五月は教室を出て行った。 どうやら女子トイレにでも行くらしい、五月の手に小さなポーチが握られていた。 きっと一般的な少女らしく、櫛とリップクリームでも入っているのだろう。 そして千代のほうは付き添いのようなものだろうとも思った。彼女達はいつも、二人でいた。
 窓の方へと顔を向け――「動くな!」と満花に頭をがっしりと掴み元の位置へと戻され、仕方がないので視線だけは少しだけでもそちらの方へと動かした。 しかしさすがにそれだけで窓を見れるはずもなく、一歩手前で眼球は働きを自動停止させる。ちょうど真ん中の二列、さらに真ん中、宇佐美光(うさみ・ひかる/男子2番)北上涼(きたかみ・りょう/女子3番)の2人が仲睦ましげに話をしている姿が、目に止まった。
 光は小柄でとても可愛らしい顔立ちをしておりどこか中性的、どちらかと言うとまるで少女のような面持ちを残していた。 それはそれは美しい、そんな。 彼は中学生だと言うのに髪を綺麗なベージュ色に染めていたが、校則違反にも関わらずそれは似合っていた。 対照的に涼は女子生徒の中でも長身で尚且つどのクラスメートよりも、あの千代よりももっと、大人びていた。 そして、彼女のかもし出す雰囲気が簡単には人を寄せ付けずにいた。 常に無表情で感情を表に出すことは滅多にない。きっと大半の人間はそう思っているだろう。 しかし意外なことに彼女は光共々、クラスに位置するいわゆる“ほのぼの”とした中間派のグループ、そちらに所属していた。 よく目にするのは城田水穂(しろた・みずほ/女子6番)高屋まひる(たかや・まひる/女子9番)のクラス一、二を誇る小柄な凹凹コンビに絡まれ、照れ笑いを浮かべる姿。 そして、ほのぼのグループ以外の生徒に話しかけられた時のあの無表情さ。 どちらが一体本当の彼女の姿なのだろう、と思わずにはいられなかった。
 そんなほのぼのとした平和な二人とは対照的に、ちょうどその後ろの座席で里田君伸(さとだ・きみのぶ/男子6番)平山竜太(ひらやま・りゅうた/男子11番)が何やら睨み合っている。 君伸は不良グループに所属しており髪を限りなく明るい茶色に染め、しかし少々厳つい外見とは異なり、比較的誰であろうと親しむことの出来る少年で、 竜太はと言えば男子内の主流グループの一人で、どこのクラスにも必ず一人はいるであろうお調子者代表に位置する少年であった。
 この2人が口喧嘩をするのはいつものことで、その口喧嘩の理由もたった一つのことだった。 今日もきっと彼らが愛する凹凹コンビの片割れ、水穂のことで言い合いをしているのだろう。
 二人の単純さに呆れつつその姿が何だかほほえましくなり、真希はクスリと笑みを漏らした。
「なしたの?」
 相変わらず髪を弄り続ける満花も真希のその笑みに気付いたらしく――しかしそれでもやはり、手の動きを止めることはない。
「いや、たいしたことじゃないけどさ。里田と竜太って、見てて本当わかりやすいよね。クラス全員知ってるし、奴らのこと」
「あー、水穂でしょ?まーねぇ。でも絶対水穂は気付いてないよ!だって水穂だし」
 小学校から一緒だったし、あの子自分のことには鈍いの承知済みー。ケタケタと満花が笑う。 水穂が鈍いと言う話は以前から耳にしていたが、それほどまでなのか。 君伸と竜太のとても分かり易い精一杯のアピールは彼女には通じず。彼らが少し哀れな気が、した。
「てゆうかそっちよりみっかはさぁ、あっちの方に興味津々なんだよね…!」
 彼女の指差すほうをチラリと見るとその先には、男子で一番小柄な身体の持ち主でクラス一のいじられキャラとして定着している高崎要(たかさき・かなめ/男子8番)と凹凹コンビのもう一方の片割れ、こちらも女子で一番小柄な身体の持ち主、まひるの姿があった。 ほのぼのとした空気を持つ小さな二人が笑っている姿を見て和んでしまっている自分が此処にいる。 やばい、何だか自分がお年寄りくさくなっている気がする。
 だめだよ自分、今はそんな和んでる場合じゃない。
「は?あの2人?」
「そう!あれも絶対要の方は好きっぽいよね…!」
「えー…そうかなあ?」
「そうだよ!ちょっと真希、みっかとまひるが何年幼馴染やってきたと思ってるの!」
「赤ん坊の時から、でしょ。てゆうかそれだと要の心境と全然関係ないじゃないの」
 ばれたか、とばつの悪そうに満花がペロリと舌を出した。 しかし次の瞬間には「出来た!」と叫び、真希に急いで手鏡を渡していた。
 架空の生物メデューサ、ここに存在す。
 真希の頭からは無数の三つ編みが四方八方に散らばっており、見るも無残な状態になっていた。これは――一体。
 呆れて物も、言えなかった。
「うっわ、真希の頭ってば超酷いことになってんだけど!」
「ちょっと真希チャーン、そんな頭じゃ奴に顔向け出来ないべさ」
 二人の女子生徒の声がする。ついに来た、自分にとってある意味では一番性質の悪い奴等が。
 長谷部恭子(はせべ・きょうこ/女子12番)。百六十七センチと学年の女子の中でも最長を誇る身長の持ち主でもあり、バレー部のエースアタッカーとしての運動能力の持ち主。
 高久希(たかく・のぞみ/女子8番)。まひるより多少なりとも大きいものの、クラスで二番目に小さい身体を持つがその態度は身体に反比例し超特大、少々――いや、かなり、キツメの性格で、水泳部期待の星と称されている。
「あらあら希さん、奴って誰のことかしら?」
「まあ恭子さんったら。そんなの決まってるじゃないのー」
 口調を変え、声色も得意げにマダム風味へと変えていく希と恭子。 その手つきはとてもしなやかで、且つ滑らかで。 不覚にも真希は、二人を本物のマダムの様に錯覚をしてしまっていた。
 そんな真希を知ってか知らずか、彼女らの会話はどんどんエスカレートしていく。 毎度のことだが、放っておくと彼女達の会話はエスカレートすることになっていた。 早く止めなきゃ、そう思いつつも止めるタイミングが見当たらず、彼女には止める術すら見つからない。
 いつも思っていた。なんでこの子たちはこんなにしゃべり続けられるんだ。
「いずれ真希も奴の嫁にいってしまうんだね、恭子…」
「嗚呼、青い春だねぇ希…」
「みっかも応援するよ真希!…あぁ、でも嫁になんて行かないでー!」
「いや、あんた達そこまで盛り上がんなくていいから」
 恭子と希、二人と同じおしゃべり好きとは言っても満花が話し始めると話に入るタイミングが掴める。やっぱりこれも気が合う証拠なのかなぁと思いつつ、勝手に盛り上がっている人たちは放っておいて、 さりげなく左へと視線を向けた。
 廊下側前から二番目の、ひとつの空席。
 今日は遅刻かな、それとも休みなのかな、と思いながらも真希の視線は元のまま。 一向に動く気配は全くと言っていいほどなかった。
 一体いつになったら来るのだろう?
 この机の所有者は。