天国まであと1歩

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試合開始:09

そこら中を一瞥すると満足げな表情を浮かべ、太郎の口元に再び笑みが戻った。
「はい、静かになりましたね。もう皆さんおわかりかと思われますが、今の彼のように歯向かったりした場合には即、こちらの銃で撃たせて頂きますので。――しかし乃木さんは勿体ないことをしましたね。以後気をつけないと」
 そう言った太郎の左手には一冊の黒い背表紙のノート大のもの――恐らくこれは出席簿、だろうか――が納められており、右手人差し指でその一部をなぞっていた。人ひとりの命に対して“勿体ない”とはいかなるものか、その真意はこの室内にいる者の大半にとって定かではなかったが、さてはて、そいつはいかに。
「はい、それじゃあ続けますよ」
 とはいえ、彼がわざわざその真意を伝える筈もなく、淡々と紡いだのはプログラムに関する事項の説明だった。
「一度しか言わないのでよく聞いていて下さいね。簡単に言えば、最後の一人になるまで全員で殺し合って頂ければ良いんです。単純ですね」
 教卓上の彼は、品定めをするような、じっとりとした視線を這わせていた。さながら死神のようなものだと、死神からの死の宣告のようだと、高柳真白(男子9番)は我ながら絶妙な例えに苦笑いを漏らした。
「優勝者には生涯の生活保障、そしてぇー何と!総統陛下のサイン色紙が貰えます。嬉しい限りですね」
 どうやら苦笑いとともに漏らした声は太郎の耳に届いていなかったらしく、彼の淡々とした口調に変化は見られなかった。
「出発の際には、皆さんにはこちらのデイパックを支給します」
 “こちら”――太郎が指示した先には、先程彼が紹介した次郎、そして雪子と名乗る兵士たちが何ともタイミングよく台車を運ぶ姿が見受けられた。台車の上には幾多にも重なる鞄の山、山、山――なるほど、これがデイパックかと、瞬時に判断出来るものであった。もっとも、そのように判断出来る気力のあるものは、今となっては限りなく少ないのも事実であったが、それは一先ず置いておくとしようか。
「デイパックの中にはこちらで用意したものが入っています。五百ミリペットボトルが二本、深夜とかだと足元が見えないでしょうし懐中電灯も……そうそう、それに地図にコンパス――ああ、ここは大東亜海沖にある島のうちのひとつです。住民の方がご親切にも場所を提供して下さったので、心おきなく戦って下さいね。……話がずれましたね。最後にひとつ、武器が入っています。ランダムに支給されてありますので、――まあ当たりもあればハズレもある、と言ったところでしょうか。女子の皆さんが体力的に不利かと思われがちですが、今までのプログラムから見ると優勝者の四十九パーセントは女子です。なので不利であるとかそういったことはないので、ご安心くださいね」

ゴクリと、いくつもの喉仏が微かに――ほぼ同時に動いたのが、わかった。かつてのプログラムの優勝者の割合が女子四十九パーセント。この事実は女生徒にしてみると一種の安堵感を抱かせるものではあったが、それはつまり、男子生徒にとっては、ある一種の恐怖感を抱かせることとなった。
 女生徒を安心させるためか、男子生徒の神経を煽るためか。にんまりとした笑みを貼り付け、何食わぬ顔で太郎はそのまま説明を続けた。
 彼の思惑が後者であったのであれば、その思惑は大いに成功したといって良かっただろう。

「はい、次に皆さんに着けて頂いている首輪についてです。こちら耐ショック性、耐水性で外れることはありません。 難しいことは僕もよくわからないのですが、大東亜の優秀な科学技術によりこちらの首輪を着用することで皆さんの位置、そして生存確認が僕たちも把握できます。凄いですねー。……そうそう、無理に外そうとしたり、後ほど説明する“禁止エリア”、こちらに侵入したりするとこの首輪、恐ろしいことに爆発しまーす。お気を付け下さい」
 真白の前方の席で誰かが「ひっ」と声を漏らしたのがわかった。
「僕たちは午前六時、午後十二時、午後六時、午前零時の計一日四回の放送を流します。 その際、皆さんにはそれまでの死亡者、そして禁止エリアを報告します。皆さんに配布する地図はA-1、A-2……といったように、幾つかのエリアで区切られています。皆さんが沢山の友達と会い、殺し合ってもらうためには動いてもらう必要がありますよね。その為に作られたのが禁止エリアです。禁止エリアに指定されたエリア内に、時間が来ても居た場合にはー……まあお察しの通り、こちらの首輪、爆発します。どーん!です。どーん。また、二十四時間以内に誰も死亡者が出なかった場合にも、どーん!です。どーん。その場合には当然ながら優勝者はなしです。総統陛下のサイン色紙も僕が代わりに頂きます。わかりましたね?」
 真白の口から無意識に漏れた「まじでか」と、声にすらならない声以外において、太郎の問いかけに応えるものは誰一人として存在しなかった。 随分首輪を爆発させたがるな、こいつ。頭いかれてるんじゃないの。普段ならば何もお構いなしに軽口を叩いていただろうその口も、このような状況においては恐らく、いや確実に命取りになるだろう。本能がそれを告げたのか、或いは最早“前例”で身をもって知ったためか、真白がそれ以上声を漏らすことはなかった。
 彼の声にならぬ声――「まじでか」と、そう呟いたのを、ただ一人、耳にしたものがいた。 彼の前方で“彼女”はその言葉の意味を知ってか知らずか、びくりと身体を震わせたのだが、それを知る者はただ一人としていない。

「あらかた説明しましたし、そろそろ出発して貰いましょうかね」
 気付かぬ間に教卓の上に乗っていた、やや大きめの箱――本当に何時の間に準備されていたのだろう――に手を突っ込むと、がさごそと大げさに音を立てながら太郎が楽しげに笑みを零した。
「順番は公平にくじで決めたいと思いまーす。出席番号順ですと、最後の人が不公平ですしね。……さて、これにしようかな」
 笑顔が次第に歪んだ表情になるまで、そう時間はかからなかった。 あれほどまでに歪んだ笑みははじめてだ。この年でどれほど性根が腐っているのか――真白が目を細めるや否や、どうやらそれが彼の視界に紛れ込んだらしい、こちらに視線を遣り、教卓上で鼻で笑う姿が嫌というほど目に焼き付いた。
 しかしそれもほんの僅かな時間に過ぎなく、箱から引き抜かれた手には新たに一枚の紙切れが抓まれていた。どうやら四つに畳まれていたらしい紙を難なく開き、名刺大ほどの大きさのそれを上に掲げると、彼は声高々に叫んだ。

「エフ、マルゴ!」

見るからに頭上にクエスチョンマークを掲げている生徒らに溜息を漏らしながら、太郎は改めて口を開いた。

「はあ……皆さんいくつですか。中学三年生ですよね。……はあ。いいですか、エフはfamale……つまり女性ですね。女子生徒です。 マルゴ、は五番。つまりこれらを合わせると、女子五番。……あぁそうか、普段は男女合わせての出席番号でしたっけ。はい、つまり――」
「女子五番五月若菜さーん!出発ですよーお!」

長々とうんちくを垂れる太郎に痺れを切らしてか、それともただ単に待つという性分を持ち合わせていないからか。
 今まさにトップバッターの名前を太郎が口にしようとしたその瞬間、デイパックの山から体を乗り出した佐々木雪子たる少女の姿が、否応なしに映し出された。

【残り 三十二人】