じわりとしみる

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試合開始:06

どこか懐かしい匂いのする夢を見た。
 少し胸を締め付けられるような、夢でした。

辺り一面が黒に染まる。 瞼を閉じようと閉じまいとその景色は変わらずじまいだったが、暗闇に徐々に慣れてきたこともあり、うっすらと闇に紛れて本来のその場所の姿が視界に映し出された。
「……ここ……どこ?」
 夢の世界に別れを告げ、少女が一人、現実へと舞い戻ってきた。 どうしよう、優等生として教師の間で通ってきた自分にとって居眠りなどもってのほかなのに。 これでは今までの、どんな努力も全てが台無しだった。成績優秀である自分が、何と言うことを。
 目覚めた瞬間に慌てふためいた自分を思い出し、少女は苦笑いを浮かべた。
 ――成績下げられる!……ノートないし……!
 何と場違いな思いを抱いていたのだろうと、そんな自分が情けなく感じる。 ぼんやりと視界に移る世界は、確かに普段と変わらないように思えた。
 大きく広がる黒板、規則正しく並べられている机、生徒全員が着席している座席、堂々とその存在を示している教卓。
 自分は、冷静なのだろうか。窓に、扉の硝子に貼り付けられている鉄板を見て、本来自分の席の隅に掘られているはずの“彼”のイニシャルが綺麗さっぱりなくなっていることに気付き、ここは自分達の教室などではない、即座にそう判断したのだから。
 ゆっくりと顔を様々な角度へと向ける。 どうやらこの教室にいるのはやはりと言って良いのか三年A組の生徒だけで、寝相が悪いのかあるいは誰かの意図的な策略か、椅子から転げ落ち、床に寝そべっている生徒も数名いた。
 何故だろう、ここは嫌だ。――思い出したくない。思い出させないで。
 頭を抱えながら、彼女以外誰一人として起きていない教室で、少女は呻き声を漏らした。
 自分はけしてマゾという訳ではなかった。
 ヒンヤリと冷たい温度を首から全身へと伝えながら、鉄独特の匂いを鼻腔へと進ませながら、何時の間にやら首に巻きつけられた首輪に触れて彼女は思考を張り巡らした。 自分はどちらかと言えばマゾヒストと言うよりもサディストの筈だ、どう考えても首輪をはめるなんて可笑しすぎる。 考える論点が多少なり方向違いであるのが否めないが、いくら時間が経とうとも誰が起きる気配もなかったので、少女はゆっくりと、充分に現在の状況について考えることが出来た。
 彼女は冷静だった。理由などなく、ただ、冷静だった。 首をひねらせ目を瞑る。考え事をするときの彼女のくせだ。 このことを知っているのは誰一人としていないけれど。
 しかしこの不可解な状況下で冷静とはいえ、いくら経っても何も考えは浮かばず、彼女は立ち上がりそして歩き出した。 傍から見たら如何に奇妙な光景のことか。 大勢の寝ている人間の中心に目を瞑りながらブツブツと何かを呟き歩く少女が一人。
 ――二分ばかり経った頃だろうか。歩くという行動を一時中断し、少女は立ち止まる。
「……あぁ」
 そっか、そうだったんだ。彼女の思考は一つの結論に辿り着いていた。 なるほど、そうか。いやはや納得。だからこんなにも自分は、恐ろしいほど冷静でいられたのだ。
 あははと苦笑いを浮かべながら、少女は笑う。だからこんなにも辻褄が合うのだろう。
 何処なのか全くわからない現在地、首に不快な圧迫感を与えている首輪。
「お姉ちゃん」
 廊下から僅かに聞こえる程度の足音が、少しずつ少しずつ、近付いてきていた。